残暑の風






※このお話は、現在メインに載せている「けもの生活」の 時間軸から、さらに未来のものとなっています。いろいろと設定が先取りされている 話なので、読んでも多分意味がわかりません。また、未来の話なので遠回しに これからのネタばれが含まれています。

以上の注意を読んで、無理だと感じた方は下の話は読まないことをオススメします。 大丈夫だという方のみ、スクロールしてください。




文章:浅葱 新羅
イラスト:神無月 梨緒奈



『残暑の風』


忌むべき過去は遥か昔の事のように、月日の流れとともにやがて薄れていく。
それを恐怖と実感し己から過去を引き戻し繰り返し悪夢にうなされながらもそこ にしがみついている自分は客観視するまでもなく愚かしい。
第三者に頼る気もさらさらないのなら自分で解決する以外に策はないというのに 、相変わらず捨てる気も拾う気もなくただ過去を持て余している。
自分の事ながら滑稽だと嘲笑して、今日も同じ悪夢に見舞われて、捨てるか拾う か決めかねながら佇む夢の端。
本当は答えは出ているのかもしれない、それでも、自分で決められるほどの気力 もない。
毎夜繰り返す同じ世界の片隅で、一人佇む姿はなんとも滑稽。
過去を振り切るのはいつの事だろうね?
自問自答が支配するのは、現とレム睡眠の満ちる世界。


「・・・!」
明かりのない部屋の中、和泉は夢見の悪さで目を覚ました。
毎夜繰り返す悪夢は、レム睡眠から再び徐波睡眠に入り込む前に和泉の意識を浮 上させる。深い眠りに落ちる事のない和泉はここ数年この短い睡眠を繰り返して いた。
普通ならあまり体力的にも良くないことだが、必要以上に動く事を必要としない ここ十二宮という環境が、この不規則な生活を可能にしているのかもしれない。
夢見の悪さはよくなる事も悪くなることもなく、毎夜同じような悪夢が繰り返さ れているだけで、変化はない。本人も特に強くそれを望んでいるわけでもなく、 ただ無意味に時間だけが過ぎていた。闇夜に慣れた目で部屋の時計を確認すると 、今ひとつ覚醒しきっていない意識が現在時刻を認識する。時計は深夜2時を指 していた。

いつも通りに睡眠はとっている。しかしそもそもの睡眠時間が短く眠りが浅いこ とから、この程度の眠りではやはり寝た気はしない。寝て起きて得るものは、い つも気だるさと胸苦しさと僅かな疲労感だった。
和泉は短く詰まった息を吐き出し、鬱陶しく顔にかかっている前髪を右手で乱雑 に掻きあげた。
澄んだ夜の空間に響く音はさほどないようで、最近増え始めた鈴虫の鳴く音と、 木の葉が風に揺れて立てる小さなざわめきだけが深夜の静寂の中に沈んでいた。
「・・・」
しばらくベッドの上で座っていたが、やがて脳が覚醒してきた和泉は静かにベッ ドを離れ部屋を出た。夢の内容が脳内を巡る寝起きに和泉が部屋にとどまること はあまりなく、大抵は気分転換にと外に出ていた。

静かに扉を開けて外に出ると、夜独特の匂いを含んだ風が心地よく頬を撫でた。 木々は相変わらずざわざわと音を奏で、鈴虫は思いの外大きな音を立てて鳴いて いる。
昼ほど生命の存在を感じさせない空間。月光が仄かに静かな世界を照らしていた 。

そんな空間で、ふと見慣れた背中が目についた。和泉と同じようにここに住んで いる十実である。夜行性の十実は、夜中持て余している時間を潰すためにこうし て外に出ていることも少なくなかった。当然、いつも一人で過ごすことを平気と 感じているわけでもないが、彼の性格上、寝ている誰かを起こしてまで一緒にい てもらうという利己的な振る舞いには移れないでいた。そういった特殊な生活習 慣を持つ十実にとって、和泉は夜中に会うことができる唯一の人物だ。二人とも が保守的な性格故当初こそよそよそしかったものの、現在は良好な友人関係を築 いている。必要以上に人と関わらない和泉にとっても、十実は唯一友人に該当す る人物と言えた。

そんな十実を見つけ、和泉は静かに中庭へと足を向けた。

ここ十二宮の中庭には、中央に池が作られている。そこを囲むように中庭があり 、さらにその中庭を囲む形でここに住む者たちの個室が設けられた建物が立って いた。加えて言うと、食堂や浴室といった共同スペースは別館に設けられ、この 建物からは渡り廊下でつながっている。部屋の扉はすべて中庭を向いて設けられ ており、部屋の前の廊下に設けられた中庭に降りる階段を使って中庭に降りるこ とができた。中庭への立ち入りは特に制限されているでもなく、昼には中庭に設 けられた物干しに洗濯物が干されていることも常である。
そんな中心に位置する池には、一本のアーチ状の橋がかかっている。手すりがな いこの橋の端に、池に足を投げ出すような状態で十実は腰かけていた。彼がこの 中庭にいるときの定位置といっていい。
和泉は気付かれることなく十実の元まで足を進めると、無言で隣に腰かけた。
「あ、和泉君」
そこでようやく和泉の存在に気づいた十実は、少々驚いた表情を見せたもののす ぐに笑顔をのぞかせた。
「こんばんは」
そう丁寧にも挨拶をした十実に、和泉は「ああ」と短く一言返しただけであった 。しかし和泉が必要以上に話すことを好まないことも理解している十実は気を悪 くするでもなく、すぐにまた前方にある池へと視線を戻した。サワサワと木々を 鳴らす風が池の水面を撫で、小さな波を立てている。秋の涼しげな風が昼間の残 暑をさらっていく。静かな夜である。

それからしばらく、何の会話もないまま、時が過ぎていった。
仲がいいといってもこの二人、特に会話をするでもなく、ただ一緒にいるだけと いうことも珍しくない。
二人とも人と積極的に会話を展開していく性格ではないので、当然の結果とも言 えるのかも知れない。しかし本人たちはこの沈黙の空間をどちらかといえば好意 的にとらえているため、会話がないことに気まずさを感じるでもなく、のんびり と構えている。そういった意味でも、やはり彼らの関係は少々特殊であると言え る。

どこか昼間よりゆったりとした流れに感じる夜の世界は、静かに昼間の喧騒をの み込んで静かに空気を吐き出している。庭の先に咲く金木製の香りが、風にのっ て鼻先を霞めていった。

何をするでも、話すでもなく、ただただ淡々と時間が過ぎる中で、十実はゆっく り首を擡げて空を見上げた。星はそれほど多くないが、月がくっきりと夜空に浮 かんでいる。今日は半月だ。
「今日は・・・お月さまが奇麗・・・」
小さく囁いた十実のこの言葉が、独り言だったのか、はたまた和泉に向けられた ものだったのかは定かではない。しかし和泉は十実のこの呟きに、
「そうだな・・・」
と、短いが返事を返し、同じように空を仰いだ。
流れてきた雲が月を隠し、また現れるという工程を、永遠と繰り返す今宵の半月 が目に映る。
そのまままた無言の空間が続く。二人ともそのまましばらくのんびり月を見てい た。

その後も、少し会話をしてはまた沈黙、というパターンを繰り返して、小一時間 ほどの時間を潰していた。もう一時間もしたら日が昇るような時間だ。
そんな時、和泉の隣で十実がスンと鼻をすすった。ここで和泉は十実が思いのほ か薄着をしていることに気がついた。まだ秋口とはいえ、朝晩の冷え込みは夏に 比べれば激しくなりつつある。風も昼間に比べれば随分肌寒い。どうやら薄着で 外に長居したため体が冷えたようだ。
「・・・」
和泉はそんな十実を見て、すっと立ち上がった。突然の和泉の行動に十実は困惑 した表情で和泉を見た。
「和泉君・・・?どうかしたの・・・?」
そんな十実を見下ろしながら、和泉は静かにいった。
「十実、体冷えたんだろ。もう部屋に戻った方がいい」
言われた十実は一瞬こわばった表情をした後、小さく笑顔を作り、
「そうだね・・・」
と呟いた。しかし立ち上がるどころか逆にまた池に視線を戻す。

十実は、子供らしくないほどに人の感情の変化を気にする。自分の我を通すより 、人に合わせることをよしとする。嫌われたくない、という感情が先行し、十実 の本心を感情の奥に隠している。そんな性格故、十実は人の感情や発言といった ものを悲観的にとらえる傾向があった。そんな十実の性格を理解している和泉は 、十実の様子の変化に気付き、少し考えると、十実の視線に合わせて腰をかがめ ていった。
「別に、十実が邪魔だってわけじゃない。寒いからここで時間を潰すより、部屋 のほうがいいと思っただけだ。十実の部屋でも俺の部屋でも、どっちでもいい。 それとも、何か外にいたい理由でもあったのか・・・?」
そんな和泉の言葉を聞いて、十実は控えめに言う。
「一緒にいてもらって・・・、迷惑じゃない・・・?」
「何故だ?俺は俺の勝手で十実と一緒にいるだけだ」
そう言って和泉は静かにほほ笑んだ。普段の和泉からはおよそ想像できない穏や かな顔だ。
ここでようやく納得した十実は、「ありがとう・・・」と言って同じように小さ く笑った。
そのまま二人で立ち上がり、廊下へ上がる階段へ向かう。

手を繋ぐでもなく、離れているわけでもなく、微妙な距離感を保ちながら歩く。 それは和泉にとっても十実にとっても心地よい距離感だ。
和泉が十実を見ると、同じく和泉を見る十実と目が合い、思わず二人で笑う。
そんなやり取りをして、和泉は何となく十実を愛おしく思った。
しかしぼんやりと感じたその感情は、明確な形を持つ前に思考の中に四散してい く。意識に上ることもなく、輪郭の曖昧な感情だけが残る。ただ曖昧な、それで も確かな好意だけが、和泉の感情に留まっていた。

それが家族愛なのか、それとも別の何かなのか、和泉にはわかるはずもなかった 。








新羅ちゃんとのコラボ作品。和泉と十実。

も だ え ま し た 。
なんだうちの子超可愛いぃぃい!!!(机バンバン)
新羅ちゃんの文章の雰囲気が好きなので、その文章でうちの子を書いてもらえるともう 悶えるしかありません。

新羅ちゃんのお家の子も描かせてもらったので、それも今度アップしますね。  →アップしました。





09.08.14


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