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文章:浅葱 新羅 イラスト:神無月 梨緒奈 『Daily』 ただこの平凡な日常を送れている自分達はそれだけできっと恵まれている。 金曜の午後七時すぎ、ナツメは居候中のユキのマンションへと足を進めていた。 日も長くなる季節とはいえ、この時間にもなればだいぶ日も落ちてくる。ほどな くジーという小さな音を出しながら住宅街の外套が点灯していった。疲労のたま った体を動かしながら、ナツメはマンションへ向かって真っすぐに歩く。普段な ら寄り道をすることもしばしばだが、この日に限っては体力が持たない。 大学でスポーツを専攻するナツメは何かと体を動かす実習をしていることが多か ったが、金曜日は一週間の中でも特にその実習が多い日だ。本格的なスポーツ選 手の育成を主としているクラスに比べれば、実習量も少なく帰る時間も比較的早 いナツメのクラスではあるが、やはり体力的にはそれなりに堪えるというのが正 直なところだった。 夕飯の当番はユキだから帰って夕飯の心配をする必要はないとか、明日は何も用 事がないから一日だらだらできるとか、もう夕飯は出来ているのだろうかとか、 空腹と疲労感で若干鈍くなった脳で、帰ってからのことを考えながら家へとのろ のろ歩を進めているうちに玄関前についていた。 呼び鈴を鳴らすわけでもなく、ドアを開ける。 「ただひまー」 気の抜けた声でそういうと、靴を適当に脱ぎ捨てて家に上がる。几帳面なユキに 明日あたり靴の脱ぎ方が汚いと指摘されそうだが、今はそれどころではないので 明日大人しく叱られる覚悟を決めて、さっさとリビングに向かう。とりあえず今 は飯だ。 「めーしーだー・・・」 ダイニングに入って開口一番、ナツメはなんとも脱力した声で言った。どうやら ほぼ食事はできていたようで、入ってすぐに空腹に堪える匂いが鼻をくすぐる。 「なんだ、今日はいつもより早いな」 作り終えた物を並べながら、ユキは意外そうに言う。 「んー、なんか今日はいつもより早く終わったんだよなー」 言いながらナツメは早くも席に着こうとする。が、 「荷物くらい置いて来い。あと着替え。お前埃っぽいんだよ」 しかめっ面で言われ、ナツメは大人しく命令に従って手早く荷物を置き、着替え をしてくる。無駄に言い争うよりも、素直に従った方がすぐに食事にあり付ける 。空腹な上に待てを食らって説教されるなど考えたくもない。 「いただきまー」 いつものように二人で食卓を囲む。施設にいた当初から考えれば、約十年続く、 二人にとっては当たり前の光景だ。他愛無い会話と、テレビの音が部屋に響く。 「あ、そういやさ、今日じゃなかったっけ?前に見たいって言ってた映画」 ナツメは突然話題を変えて言った。 「あー、そういや、そうだったかも・・・」 ユキはテレビ欄でも思い出しているのか思案するような表情で言った。どうやら 本人はすっかり忘れていたらしい。いつも見たいといっていた映画は録画するほ どであるから、放送を忘れるというのは珍しいことだった。DVDの残り時間はどう だったかなどぶつぶつ言い始めたユキに、ナツメは、 「飯終わったら録画の準備だな」 と、楽しそうに笑った。 その後夕食を終えて、ばたばたとDVDの準備をして、映画を見始めて、今に至る。 現在深夜十一時近く。映画も佳境に差し掛かり、見ながら飲もうと用意した酒も つまみもすでに無くなっていた。 今は二人でソファーに腰掛け、映画に見入っている。それからほどなくして映画 は終わったが、今一つすっきりしないラストだった。 「あれ絶対続きあるよなー」 ナツメは大きく伸びをしながら言う。今日のような続きものの映画をあまり好ま ないナツメは、やや不満そうな顔をしていた。一方、そういった好みが存在しな いユキは、 「そのほうが俺はむしろ嬉しい」 と、至って真面目に答えた。 「ユキって本当ああいうの好きだよな・・・」 ナツメは言いながら何気なくユキの肩に腕を回す。ユキもユキでそれを振り払う でもなく好きにさせていた。互いに目線はテレビに向けたままだ。 「お前、相変わらず埃臭いな」 「まだ風呂入ってないからなー」 「そのまま寝るなよ、布団埃まみれになる」 「いいじゃん」 「いいわけあるか、あれ以上部屋をゴミだらけにするな」 「んー、そのまま寝たいんだけどな・・・」 テレビを見ながらだらだらと会話を続ける。すでに映画の放送が終わった局では 深夜の時間によくある芸人中心のバラエティー番組を放送していた。放送禁止用 語に引っ掛かりそうな際どい話題ばかりが飛び交っている。しかし正直二人とも それほど内容を気にしているということもなく、すでにテレビはいままで通りのBGM になっていた。そんなテレビから視線を下げ、ユキはナツメの手を見ながら言う 。 「つーかお前、さすがに手は洗ったんだろうな」 運動をしている割には綺麗なナツメの手を見ながら、ユキは自分の手を絡ませた 。色の白いユキの肌は適度に日焼けをしているナツメの肌と並ぶと余計華奢に見 える。同じようにBGMのテレビから視線を手に移したナツメは、自分より色の白い 手を見ながらユキに言葉を返す。 「いやさすがに手は洗ってるから・・・。てかお前こそ相変わらず手冷たいよな 」 普段から体温の低めなユキは夏でも手が冷たいことが多い。クーラーが効き過ぎ ていると冬場と同じような冷たさをしていることもある。ナツメが気休めに絡ま せた手を握ったり開いたりしてみるも、冷たさに変化はなかった。 「まあ冷え性だからな」 そんなナツメとは対照的に、ユキは諦めたように言った。彼にとってはそれが既 に普通になってしまっているので、今さら改善しようという気もないようだ。 「そういえば、昔から冷たかったよな、確かに」 言って静かに手を見つめる。 なんだかんだと十年間続くこの関係は、この先も続くのだろうか、はたまたこの 手のようにあっけなく離れたりするのだろうか。 柄にもなくそんなことを考えたナツメだったがすぐにやめた。その時はその時、 なるようにしかならない。そもそもこうして何の弊害もなく生活出来ていること だけでも、自分は恵まれているのだ。あとのことは起こってから考えればいい。 「どうかしたか?」 突然黙り込んだナツメに、ユキが問いかける。ナツメが「何でもない」といつも のように笑うと、ユキも特にそれ以上追及したりしなかった。 何気なく顔を突き合わせて、そのままどちらともなく口付ける。 触れた唇は、すぐに離れていった。 「さて、風呂入るかねー」 ユキから腕を離したナツメはもう一度伸びをしながら言った。 「お前先に入れよ、寝るから」 「はいよー、そうさせてもらうわ。ってか、ユキも寝るなよ?」 ナツメが冗談めかして言うと、ユキは一瞬考えた後言った。 「寝たら起こせ」 「え、お前寝起き悪いからあんまり起こしたくないんだけど・・・」 「寝たらの話だ」 「ああ、まあ、そうですね・・・。じゃ、お先お風呂失礼しまー」 「おー」 ナツメは風呂に消え、ユキはまた静かにテレビに視線を戻す。 BGM変わりのテレビからは、相変わらず芸人の下らないトークが響いていた。 了 |
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新羅ちゃんとのコラボ作品の原作。新羅ちゃん宅のナツメくんとユキちゃん。 この次から、この話を私が漫画化させてもらってます。でもお話自体が素敵なので、漫画は 読まなくても大丈夫ですので! また、漫画化するにあたってセリフや動きは多少変えさせてもらっています。ご了承 ください。 →漫画へ |